ディシプリンド・アジャイルの専門家に聞く、最新「アジャイル屋のためのPMBOKガイド7版解説」

プロジェクトマネージメントの知識体系として世界中で広く浸透しているPMBOKガイド7版がこの夏に公開されました(日本語版は2021年秋頃の予定)。

PMBOKガイド7版ではリーン/アジャイルの影響を強く受け、ディシプリンド・アジャイル(DA)等のフレームワークを取り込んで新たに生まれ変わったと言っていいほど大きな構成変更が行われています。既に英語版に目を通された方は、そのあまりの変貌ぶりに戸惑われた方も多いことでしょう。

「AGILITY MATTERS」では、PMBOKガイド第7版を正しく読み解くために、大きな変更点(What)と、なぜそうなったのか(Why)?について、日本におけるDAの第一人者であり、PMIと共にDAの啓蒙活動を行われている藤井智弘氏に詳しく解説していただきます。

特約執筆者:藤井智弘

はじめに

「次のPMBOKでは、アジャイル色が強くなるらしい…」そんな噂が巷を駆け巡る中、この夏PMBOKガイド第7版が公開されました(日本語版は秋頃の予定)。

“PMBOKとアジャイル”と聞いたアジャイル屋さんは、「なんぼのもんじゃい!」と思い(かくいう筆者もその一人)、ウォーターフォールのプロジェクトマネジャーさんは、「アジャイルなんて、主流にならないんじゃねーの?」と懐疑的な反応…。

しかし、実際に目を通すと、想像以上にアジャイル的世界観が前面に出ていて、正直びっくりするとともに、スクラムやXPといったよく知られているアジャイル手法でもあまり議論されていない要素が多く、これらを知っている方でも”?”と思われるのではないか…それが、この記事執筆に至った動機です。

「AGILITY MATTERS」では、アジャイルネタがこれまで多く公開されているので、読者の皆さんは基本的なことはすでにご存知でしょう。この記事では、そんな皆さんがPMBOKガイド第7版を正しく読み解くために、大きな変更点(What)と、なぜそうなったのか(Why)?について、その背景にある考え方を含めて解説を試みます。

テーマは、次の3つです。
1.ひっそり蠢いていた「PMBOKガイド、アジャイル化への道程(みち)」
2.大変更の背景と意味するところ
3.アジャイル屋にとって、PMBOKガイドは”いまさら不要”なのか?
少しでも皆さんの参考になれば。

それでは本題に入りましょう。

1.ひっそり蠢いていた「PMBOKガイド、アジャイル化への道程(みち)」

頭から「ひっそり蠢いていた…」とは、あまりポジティブなフレーズではありませんが…。PMBOKの大元であるプロジェクト・マネジメント・インスティテュート(以下PMI、https://www.pmi.org)は、自身の知識体系の中にアジャイル/リーンを組み込むために、着々と手を打ってきました。ただ、日本ではそれがあまり伝えられていなかったので、”ひっそり”とあえて表現してみました。

PMBOKガイドとアジャイル/リーンとの関わりで最初の変化は、第6版に「アジャイル実践ガイド」が追加されたことでした(図1)。その内容については様々な評価がありますが、PMBOKガイドという”書籍”の構成からは、「ウォーターフォールが”主”、アジャイルが”おまけ”」のような印象を受けた方も少なくないでしょう。

第7版での大変化に直結する大きな動きは、2019年夏に立て続けに起こります。ディシプリンド・アジャイル・コンソーシアムによって提唱されていたディシプリンド・アジャイル(以降、DA)と、米NetObjectives社によって提唱されていたフロー・フォー・エンタープライズ・トランスフォーメーション(以降FLEX)の2つのアジャイル手法を、PMIが獲得したのです(図1)。

図1 DA & FLEX変化への胎動かDA & FLEX変化への胎動か

DA:https://www.pmi.org/disciplined-agile/introduction-to-disciplined-agile
FLEX:https://portal.netobjectives.com/pages/flex/

なぜアジャイル手法を2つもほぼ同時に獲得したのでしょうか?
それを理解するには、2つの間の”共通点”と、”距離感”を知る必要があります。

2つの共通点

2つの共通点:”To Be”のフレームワークであることよりも、テーラーリングの”ネタ帳”

今年(2021年)は、アジャイルソフトウェア開発宣言が世に出て20周年になります。それ以前から、そして今でも様々なアジャイル手法やプラクティスが生まれています。
多くの手法は、「かくあるべし(To Be)」を提唱しています。いわく、
・「役割はこうだ」
・「どんなミーティングがあって、そこでは何を決めるのだ」
・「どんな風に作業を進めるのだ」
云々。
新しい手法に取り組もうとする人たちにとって、To Beは指針であり、目指すべきゴールの一ステップであり、必要不可欠なものです。

その一方、現状ーつまり、今どうなっているか(As Is)ーは、To Beとは乖離しています。私たちは自分達の置かれた状況をみてその乖離に直面し、To Beモデルを参考にしながらも、アジャイルのメリットを少しでも享受するために、様々な工夫をしなければなりません。

DAとFLEXで共通するのは、この”現場の工夫”を助けられないか?という問題意識です。多くの現場で同じような乖離に多くの人が直面し悩んでいるなら、その判断を助けられるような知識を体系化することには十分に意味がある。

DAもFLEXも、自身を「To Beのフレームワークとなることが主たる目的である」とは位置付けていません。それよりも、どんな乖離が起こりうるか、採りうる選択肢にはどんなものがあるか、考慮すべきことは何かを体系化することに力点を置いています。アジャイルに取り組む人たちがそれらを判断材料として、自身の置かれたAs Isの中で適切な選択肢を選び、アジャイルプロセスを自身でテーラーリングできるように…そのためのネタ帳というのが、2つの手法で共通点なのです。

2つの距離感

2つの距離感:お互いに足りないところを補い合う、いい関係

DAとFLEXは各々独自に発展を続けてきましたが、期せずして補うあう関係になっていました。DAの最初の版では、スクラムをベースにしつつ拡張を施したフレームワークと、様々な状況で利用できる判断材料としてのネタの充実に力点を置いており、ソフトウェア開発チームのためのネタ帳でした。後日DAが版を重ねるに従って、より広い範囲(IT関係以外の分野も)をカバーするようになってはいましたが、それまでの蓄積もあり、情報の充実度はソフトウェア開発チーム向けのものが群を抜いていました。

一方、FLEXは、バリューストリームという概念の下、早い段階から、営業やマーケティング、経営層といった「価値創出に関わる全体像」を念頭に置いて理論化・体系化が進められてきました。開発元のNetObjectives社の当時のサービスメニューを見ると、「SAFeに取り組んでいるのに、うまくいっていない人たち向けのメニュー」が見受けられます。
ここからわかるように、この両者は、相互に補完的な関係にあるのです(図2)。

図2 DA+FLEXで価値創出のフルサイクルをサポートDA+FLEXで価値創出のフルサイクルをサポート

PMIでは、この2つの手法を統合する作業を獲得以来続けています(FLEXは“DA FLEX”となりました)。そして、これがPMBOKガイド第7版の大変更に、大きな影響を与えているのです。

2.大変更の背景と意味するところ

この記事が公開される頃は、もう秋、この間にも多くのブログや記事、セミナーで「第7版で何が変わったか」ということが紹介されています。皆さんも、それらを目にされていることでしょう。
目に付く大きな変更点としては以下のものを挙げることができます。
・構成が大きく変わった
・プロセスベースからコンテキストベースになった
・プリンシパルなるものが現れた
・パフォーマンスドメインなるものが現れた
・テーラーリングがより重視された

前項でDAとFLEXの概要を紹介しましたが、それがこれらの変更とどう結びつくのかまではイメージしづらいと思います。そこで、ここ以降はこの変更をもたらした以下の4つの「なぜ?」について、もう一歩踏み出して見ていきましょう。

“なぜ”その1:「価値創出のアプローチが多様化した」という事実を素直に受け入れた
“なぜ”その2:開発のアプローチも権限も多様化した
“なぜ”その3:多様化っていうけど、何を信じればいいの?
“なぜ”その4:”効率のため”ではなく、”アウトカムのため”にテーラーリングするのだ!

”なぜ”その1:「価値創出のアプローチが多様化した」という事実を素直に受け入れた

今回の大変更をもたらしたPMI 側の意識変革のポイントは、「価値創出のアプローチが多様化し、PMBOKのこれまでのアプローチでは限界がある」という点を素直に認めているところではないでしょうか?何せ第7版の「Preface(はじめに)」でも明記されているくらいですから。
 
私たちがシステムやプロダクトを作って成果を手にするまでは、ざっくり3つのステップを踏むことになります(図3)。

図3 ニーズから、アウトカムへ
ーズから、アウトカムへ

ステップ1:何らかのニーズの特定
…それが新しいアイデアを世に問うことであったり、ユーザーの新しいニーズに応えることであったり、あるいは何らかのコストを下げることであったり…何らかのニーズを特定することが起点となります。

ステップ2:ソリューションの実現
…特定されたニーズに応えるために、新しいシステムやプロダクトを作ります。より詳細な機能に落とし込み、それを実現するために必要な活動を洗い出して、手段を使える形にするのです。

ステップ3:果実を手にします
…実際に利用することで、私たちは様々な成果を手にすることができます。時には直接的に金銭が得られたり、市場での評価を獲得したり、成果の形には、様々なものがあります。新しい知見を得ることも一つの成果です。昨今では「実際にリリースしたことによって得たモノ」をバクっと表現する言葉として、”アウトカム(outcome)”がよく使われます。

第6版までの世界観では、「世の中は、そんなに短時間で急速には変わらないし、事前にしっかり計画すれば、ほぼその通りになることが期待できる」という捉え方をしています。PMBOK的表現で言えば、”予測可能性(Predictive)が高い世界”です。

この世界観では、次のような前提が設けられます。
・きちんとしたアプローチを採ればニーズは把握できるし、そのニーズ自体がプロジェクトが想定している時間枠の中では、そんなに変わらない。
・把握したニーズを起点に、きちんとした実現アプローチを採れば、ニーズを満たすことができる。
・成功体験を手順化しプロセス化すれば、属人性を排して成功の確率を高めることができる。
つまり、ステップ1の成果を元にステップ2を高い水準で運営することができれば、自ずとステップ3は実現されるというのが基本としてあり、第6版までのガイドは、「ステップ2を高い水準で運営するためにどうするか?」に力点が置かれていました。プロセスを構成する様々な活動と活動間の関係を定義し、その運営状態をモニターすることで、プロセスの効率を判断するというのが、第6版までの主眼でした(ちょっと乱暴かな?)。
PMIは、これを”プロセスベースのアプローチ”と称しています。

それに対して、「第6版までの前提自体が成り立たないケースが多くなっている」というのが、第7版の立ち位置です。
・ニーズは短時間のうちに、急速に変化し得る。時には予想もしない形で。
・ヒアリングでは表に出てこない隠れたニーズが、実際に使うことによって引き出されることが珍しくない。しかもこれが差別化要因になったりする。
・実現手段としての技術が多様化、かつ急速に進化しているので、構築リスクが高くなっている。
・AI等の発展は、「それを使って何をするか?」というビジネスモデルそのものが従来の延長線上になく、ニーズを探りながら作るという、探索的なアプローチが必要になってきている。

ここまでは、『「アジャイル屋のためのPMBOKガイド7版解説」〜読み解くために理解しておきたい基礎知識〜』の前半をご紹介しました。下記より全文をダウンロードできますので、ご興味がある方、是非読んでみてください。

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