ディシプリンド・アジャイルとは?専門家に聞く、 エンタープライズ領域で失敗しないためのポイント

ディシプリンド・アジャイル(DA)とは、複数のフレームワークを組み合わせたアジャイルプラクティスのヒント集です。

【藤井智弘氏へインタビュー】アジャイル型の開発手法が広まりを見せる中、小規模な開発のみならず大規模プロジェクトにもアジャイルが採用される傾向にあります。しかし、多くのプロジェクトが課題に直面し、失敗を招いていることも事実です。そこで今回、「エンタープライズ領域のアジャイル開発を失敗させない秘訣」を探るべく、ディシプリンド・アジャイル(以下、DA)の専門家である藤井智弘氏にお話を伺いました。

インタビュアー:株式会社CAC Holdings 未来企画本部 池谷、鈴木

1.藤井様自己紹介

―― はじめに藤井様の自己紹介をお願いします。

藤井 智弘 氏(以下、藤井氏) 私はSEとしてキャリアをスタートし、開発に約10年携わりました。そこでは、最初は、製造業などで使われる技術計算系シミュレーションプロダクトを担当し、スーパーコンピューターや汎用機を扱っていました。

その後、複数社でCADやPDM、研究所で使われるシミュレーションといったシステム開発の経験を積みながら、「そもそも設計の方法や取り組みそのものを根本的に変えたいと考えたい」と考えていたところで転職したのが、今のアジャイル開発の前身ともいえる「反復型開発」の研究・提供を行っていたRational Software社(IBMソフトウェアのブランドの一つ、2003年にIBMが買収)です。そこでは、要求定義や設計の技法、DAなどの開発手法を学びました。ウォーターフォール型以外の手法に携わっている期間は20年近くになりますし、アジャイルだけでも足掛け15~16年ほど携わっていることになります。

2.エンタープライズ向けのフレームワークの全体像

―― 近年はエンタープライズの開発でもアジャイルが注目されています。さまざまなプロジェクトに携わる中で、課題視されている点はありますか。

藤井氏 アジャイルに関しては、現場から導入を求める声が挙がるケースや、トップダウンでDX推進のために導入されるケースなどさまざまですが、全体に共通して「一つの手法しか見ていない人が多い」という点は気になりますね。例えば流行りの手法ばかりが注目されていたり、Scrum認定技術者の数で比較されがちだったり、という傾向です。

大切なことは、自分たちにとってどのアプローチが合うのか、を判断することにあります。それぞれの手法の違いを理解して、自分たちのビジネスにとって何が有効な開発手法なのか、各社が見極める段階に入らなければいけないと思います。

―― アジャイル型の開発を進める上では、Scrum、SAFe、Lessといったエンタープライズ業界向けのフレームワークも多数存在しています。こうしたフレームワークは複数組み合わせて導入するものなのでしょうか。

藤井氏 もちろんプロジェクトのはじめから終わりまでをすべて規定しているようなフレームワークもあります。一方で、特定のテーマにだけ絞ったものもあるため、手法によって対象とするスコープが異なる点が特徴です。複数組み合わせないと成立しないものがあることには注意が必要ですね。

例えば、Scrumを考案したJeff Sutherland氏が提唱する「Scrum@Scale」。Scrumはチームが少人数だからこそ生まれる密なコラボレーションの価値を生かしますが、この少人数のチームを開発部門だけでなく、ビジネス部門にも適用して、これらのチーム同志がどのようにネットワークをつくり、組織全体で迅速な意思決定をしていくのか、という観点のフレームワークです。でも、Scrumは元々開発の技法やテスト、設計のやり方には一切言及していません。あくまでもチームのメンバーの共同作業のモデルにしかフォーカスしていないので、ものを作る立場から見るとScrum単体で開発プロジェクトの全てを進めることは難しいものです。

これに対して、開発者が100人くらいの規模感になった時にどう編成するのか、という大規模型のScrumについて言及しているのがNexusやLeSSです。 いずれも「Scrumの発展形」と言いつつ、LeSSは、プロダクトオーナー一人に開発チームがいくつか紐づいている一方、Scrum@ScaleやNexusの場合、必ずプロダクトオーナーが各チームに一人いるといったように、編成に違いがあります。

このように、「規模が大きくなったら・・・」という観点だけでも、同じScrumを起点にしたエンタープライズ・アジャイルの中でも人数やチーム数の変化があり得ます。

また別の視点として、経営的な観点の色が濃いフレームワークもあります。チームや人数が増えることは、投資の額が大きくなります。投資額が増えると、経営層に近い人物の意思決定が重要になるので、「経営層を巻き込んだ“アジャイルのポートフォリオ”管理」というアプローチで、組織全体をアジャイルに運営するSAFeが注目を集めています。

3つ目の視点として、「アジャイルだって企業活動の一環だよね」というものがあります。アジャイルについて論じるときにはウォーターフォールと比較され「開発がどう変わるか」が議論されがちですが、システム開発も会社の業務の一つである以上、規模や人数を問わず、業務の必要上守らなければいけない様々なルールがありますし、法務や財務、営業との共同作業が求められます。アジャイルを実践する側の視点で、「プロダクト開発を運営する中でそれらのさまざまな要因をどう扱うべきか」という問いから導き出されたのがDAです。

3.DA/DADの概要

―― さまざまな開発手法を選択する状況で、DAが助けになるわけですね。

藤井氏 そうですね。アジャイルでは「自発性」「創意工夫」といった姿勢が求められます。しかし、経験の浅い人はそもそも引き出しがないので、最初の段階で同じ悩みを抱えがちです。そこで開発現場での判断指針を提供しようと考え、生み出したものがDAです。DAは開発現場のナレッジ集であり、ネタ帳でもありますね。

開発手法の話題になると、ScrumやSAFeといった議論になりがちです。しかし、開発手法一つひとつには穴があるので、それらを二者択一するのではなく、補完的に組み合わせて使う時にDAのようなヒント集が役に立つはずです。

―― DAはアジャイルへの転換が必要になったときのガイドライン、という位置づけになるのでしょうか。

藤井氏 ガイドラインや指針として役割もありますし、行動選択肢やそれぞれのメリット・デメリットを踏まえて行動するかしないか判断するための材料、という役割もあります。それぞれの開発手法を実行する際、何を考えましょう、選択肢にはこれがあります、という部分までは提示されないものです。だからこそ、「自分はどの選択肢を実施済みなのだろう」「この選択肢はまだやったことがないがどんなメリットがあるだろうか」という判断材料としての知識を得ることは大切です。

アジャイルなどの開発手法に関するセミナーやScrumのトレーニングを行った際には、受講生から「こういう場合はどうしますか?」と質問されることがあります。その際に取るべき選択肢の多くはDAに書かれています。直接的な回答ではありませんが、ヒントですね。

―― フレームワークだけを渡されるよりもヒント集を渡された方が、現場としては実践しやすいように思えます。

藤井氏 そういった意味では、理論とヒント集の両方が含まれますね。特定の条件下で動作するヒント集でもあるので、基本的な理論を踏まえて、色々な他の手法と組み合わせて使う。Scrumを採用した人たちが開発途中で迷うことがあれば、ヒント集としてDAを使う。そういった用途でも意味のある使い方かなと思います。

―― 大規模なプロジェクトでもDAを活用するシーンは多くなりそうですね。

藤井氏 プロジェクトが大規模になると、色々な人たちとコミュニケーションを取る機会が増えてきます。コミュニケーションに時間を割かれると、ものを作る時間が減っていきますよね。また、官僚主義的なレビューが増えていくようになると、アジャイルのスピード感もなくなってしまいます。そこで、コミュニケーションの幅が広がってきても、いかにライトでポイントを抑えた管理モデルを確立してポイントを損なわないようにするか、そういった点でもDAが役立つはずです。

企業の中には既存の資産もあるし、知識もある。そこにアジャイルを導入するからといって、それらの蓄積を頭ごなしにゼロリセットする必要はないですよね。使えるものはそのまま使えばいいし、使うかどうかの判断は自分たちが行う必要があります。では、何で判断すればよいのか。その疑問に対するヒントを提示して、解決に導いてもらえればと思います。

4.DA/DADの今後の展開

―― PMIに買収された後、DA/DADがSAFeに寄って行っているように思えます。今後の展開はどのようになるのでしょうか。

藤井氏 PMIの発想でいくと、プロジェクトマネジメントはITに限定した話ではないので、今後、組織やビジネスにDA/DADを広げていく狙いがあるのだと思います。DAが去年8月に買収されて、そこからまた2ヶ月後にFlexも買収されました。SAFeではコミュニケーションの時間が長くなりすぎてしまうため、その最適化を提唱したのがFlexという手法です。今、DAとFlexについては統合作業をしているので、コミュニケーションパスを短くすることで、SAFeを現実的に機能する形に補完する役目を担うようになるかと思います。ただ、ヒント集というポジションは変わらないので、DAは今やtool kitという名前で色々なところで使われるツールになってきています。

―― DA/DADを使えるようになった人たちが、よりビジネス的なスケールを広げるために使う際にはちょうどいいかもしれないですね。

藤井氏 日本の現場は、まだ断片的な知識で手を出して失敗体験が蓄積されている段階なので(笑)、しばらく経つと「小規模なアジャイルで、きちんと物を作れるようになることが大事だよね」というように、変わってくるはずです。そのためには、DAは有効な道具になると思います。やはり足腰が鍛えられていない状態で、オリンピック行きたいといっても無理ですからね。

【取材後記】
ディシプリンド・アジャイル(DA)は、企業活動としてのアジャイルをサポートする役割を担い、エンタープライズ・アジャイルが直面しがちな課題を解決するためのヒントになります。アジャイル開発で失敗を招かないようにするためにも、今回ご紹介したDAを活用して、アジャイルに対する正しい理解を深めることがアジャイル成功への第一歩となります。 藤井さん、お忙しいところありがとうございました。

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