ThoughtWorks社から見た中国のDX・アジャイル事情

Martin FowlerやJim Highsmithなどソフトウェア開発領域において世界的有名なトップエンジニアが多く所属しているThoughtWorks社は世界初の分散型アジャイル(distributed agile)の概念を提唱し2004年には中国にグローバルデリバリーセンターを設立し欧米市場向けのオフショア開発と知的業務委託(KPO)サービスを提供しています。近年は中国国内の経済発展と企業のデジタルトランスフォーメーション(以下はDX)の加速に伴い、中国の行政機関、NPO、エンタープライズ企業向けのDX支援コンサルティング業務を急速に拡大しています。
今回、ThoughtWorks Chinaのイノベーションディレクターである肖然(ショウ ゼン)氏に、ビジネスの面から、中国におけるDXとアジャイルの浸透状況について簡単に紹介頂きました。
日中両国の経済発展と社会の背景は異なるため、一概に比較することはできませんが、激しく変化するグローバルビジネス環境において企業に求められるデジタル変革は共通な課題であることは間違いありません。その共通課題に対する中国企業の取組みを知ることは日本企業のDX推進においても参考になるでしょう。
1.中国におけるDXの背景
近年の中国では、インターネット分野のデジタルビジネスが著しい成長を遂げた一方、日本と同じように激しく変化するビジネス環境の中で、銀行、メーカー、小売、不動産など伝統産業の企業にはDXの必要性が迫られるようになりました。ただし、日欧米企業に比べ、伝統的中国企業のIT化レベルは元々低い為、デジタル・トランスフォーメーションを推進する際、情報化、自動化、デジタル化など多方面にわたる改革を同時に行わなければならないため、ある意味では日本よりも厳しい局面に直面しているといえます。
こうした背景の下、中国政府は「インターネットプラス政策」、「次世代AI発展計画」などの政策を打ち出し、モバイルインターネット、クラウド、ビッグデータ、IoTなど新技術と伝統産業との結合を促進し、社会全体のDXを加速させようとしています。
2.伝統的中国企業の取り組み
伝統的中国企業の多くはテンセント、アリババなど先進IT企業の技術力を借りたり、技術力のあるベンチャー企業と組んだりして、業務改革や技術革新を進めています。一方、資金力のある大規模な企業は、従来のITによる効率向上からビジネス価値創出を重視する考え方に転換し始め、IT情報部門を分離したり、業務とITを融合させる「テクノロジーサービス」子会社を設立したりすることで、従来とまったく異なるデジタルビジネスモデルを模索しようとしています。もちろん全て成功するとは限らないのですが、中国の厳しい競争環境で生き残るために試行錯誤をしながら自社のニュービジネスと技術力を育成していくしかありません。
3.中国におけるアジャイル開発の浸透と課題
中国のIT業界では、DXの実現にはアジャイル開発が欠かせないことはすでに共通認識となっています。多くのエンタープライズ企業はバイモーダルIT(Bimodal IT)の方式を採用し、エクストリーム・プログラミング(XP)やスクラムなどのアジャイル開発手法を実践しています。実のところスクラムなどのアジャイル開発手法は十数年前から中国に入っていましたが、当初はアジャイルの本当の意味と目的が理解されないまま、形だけ導入されたところが多くほとんど失敗しました。近年、アジャイルソフトウェア開発宣言に提唱されている理念が多くの企業に受け入れられるようになり、ビジネスアジリティやアジャイル組織などの経営・マネジメント手法も企業に浸透し始めています。このようなビジネス面での意識変革がITにおけるアジャイル実践を加速させているといえます。
最近では多くの企業がアジャイルコーチ、コーチングの重要性に着目し、技術チームの長期持続成長に力を入れている一方、中国IT業界における技術人材獲得競争が激化し、特に大手企業間の激しいIT人材奪い合いが、開発チームの安定性を阻害する要因の一つになっています。特にアジャイル開発の場合は、チーム文化や共同理念の下で自発的に協力し合う環境が求められるため、頻繁なメンバー変更がチーム文化の形成と維持を難しくしてしまいます。
中国にIT人材市場状況を考えると当面はこの課題の改善がほぼ見込めないものと思われます。
4.日本におけるDXへの考え
以上、中国のDX・アジャイル事情を紹介しました。DX本来の意味は「デジタル技術によって人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」、つまり「デジタル技術によって製品やサービス、ビジネスモデルを変革する」ことにあります。しかし、日本国内でのDXはどちらかというと、「業務効率化」や「自動化」、「生産性向上」など既存ビジネスモデルにおける技術革新を重視する傾向があり、商品やサービスのデジタル化の進展については国際的に見てやや遅れをとっているように思われます。日本企業にはより積極的にITとサービス部門を融合させ、デジタル技術を活用した新しいビジネスを生み出せる環境が求められています。
DXを支える要素としてアジャイル開発への関心が高まっていますが、アジャイルは単なるソフトウェア開発手法ではありません。DXプロジェクトを成功させるには、何を変革しなければならないのかを理解するビジネス的マインドセットと、アジャイルに対応できるスキル向上のどちらも欠くことができません。中国企業におけるDXを参考にするならば、日本企業におけるDX成功のためには業務とIT部門、もしくはユーザー企業とベンダー企業が一体になって、未知の技術を学習し、未知のビジネス価値(プロダクト)を創出するアジャイル的な取り組みがますます重要になってくるでしょう。